■連載 BISの歴史を知るならこれだ! 夢を描いたユートピア思想とそれを築いた人々  2/2

矢野和彦・早稲田大学教授へのインタヴュー 2/2
第2回 BISのユートピア思想と日本との関わり

前回のインタビューではBISが誕生した経緯と初期のBISが果たした役割をお聞きしました。今回は、その中で、特に第一・第二次世界大戦を通じて日本がBISとどのように関わってきたのかを、そして最後に先生がBISに寄せる想いと期待をお聞かせください

BISと日本とのかかわりはどうでしょうか

矢後――日本は第一次大戦の戦勝国、国際連盟の常任理事国であり、BISの創設に際しても理事会で特別に2票を有する7か国の職権理事国のひとつでした。BISの幹部にも横浜正金銀行の欧州各地の支店長を送り込むなど、重要なポストを占めました。第二次大戦後には、サンフランシスコ講和条約の調印にともなって戦前に取得した海外の資産を放棄したため、BIS株式も放棄、すなわちBISから脱退することになりました。その後、1970年代から徐々にBISとの交流を再開し、現在は再加盟を果たしてBISの要職にも人材を送り込んでいます。

 日本とのかかわりでは、第二次大戦中の終戦工作も重要です。さきにふれたヤコブソンは、第二次大戦の末期に、当時BIS理事としてバーゼルに駐在していた北村幸治郎、BIS外国為替課長だった吉村侃とともに、ナチスに勝利したばかりのアメリカ戦略事務局のアレン・ダレス(1893〜1969年)と1945年5月から連絡を取り対日終戦工作を急ぎました。結局、この工作は失敗に終わり、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下に至りますが、こうした日本現代史の重大な一齣にもBISは関わっていました。なおこの経緯はNHK ETV特集「昭和天皇 終戦への道」という番組で2025年8月に放映され、私も番組編成のお手伝いをしました。

本書刊行後、矢後先生におかれましては『サウンドマネー』(2010年、共訳)、『システム危機の歴史的位相』(2013年、共著)、『揺れ動くユーロ』(2014年、共著)と弊社から立て続けに類書を刊行されましたが、これらの本とBISとのかかわりはどうでしょうか。

矢後――これらの書物の公刊に際しては御社に大変お世話になりました。『サウンドマネー』はヤコブソンの娘が書いたヤコブソンの評伝であり、BISの立役者の生涯をBIS以前とBIS以後も含めて見通した大作です。『システム危機の歴史的位相』は、当時のユーロ危機に際して歴史研究の側から問題を提起したものですが、私はこの本で「マクロプルーデンス」という考え方に言及しました。これはBISで育まれたマクロ的な安定を志向する金融・経済の見方です。『揺れ動くユーロ』では、BISの初代香港出張所長を歴任された日銀出身の吉國眞一先生および国際金融論の小川英治先生と鼎談を行いました。いずれもBISの歴史・思想をふまえて現代にアプローチしようとしたもので、その成否はもとより読者のみなさまのご判断に待ちますが、私としてはBISをあつかった本書の延長上にあると考えています。

ところで、本書は序論から最後の第六章に至るまで、各章の冒頭がバーゼル、バーデン・バーデン、パリ、ジュネーブ、ワシントン、東京、といった都市の名前とそこでのBISにかかわるエピソードで始まり、各章の末尾にはアディス、ケネー、ケインズ、フレーザー、ヤコブソン、といったその章であつかっている時期に死去した人々に関する短章が添えられています。何か工夫や意図があるのでしょうか。

矢後――本書は銀行論や経済学のアプローチとは異なり、ヤコブソンの日記やBISの秘密史料など、歴史上の人々が残した史料に立脚した歴史研究です。すなわち、本書はBISの「メカニズム」を描写するのではなく、そこに足跡をのこした人間の肉声を伝えようとしています。そのため、抽象的な理論ではなく、彼らが動いた土地の名、彼らが生きた軌跡を表現しようとして、このような構成を取りました。

ついでに申せば、本書は冒頭でバーゼルの教会の鐘の音にふれ、序論の最後で「鐘の音が聴こえる。さあ、二十世紀のヨーロッパへ」と本論の幕を開け、本書の最後は「一九三〇年にバーゼルで打ち鳴らされた鐘の音は、いまグローバリゼーションの波洗うアジアの国々に届こうとしている」と締めくくっています。キザな仕掛けかもしれませんが、「鐘の音」にBISの人々の思想を託した表現でした。

本書刊行後のBISについてはどうでしょうか

矢後――私は現在のBISについて立ち入って論評する専門家ではありませんが、本書が刊行された2010年以降は、BISが独自色をいっそう打ち出した時代だったといえるでしょう。ヤコブソンの後輩にあたる金融経済局のビル・ホワイト、クラウディオ・ボリオといった人々が、当時のFRBと対極に立つマクロプルーデンスの考え方を提唱し、国際的な論争に発展しました。この経緯は元・日銀総裁の白川方明氏『中央銀行』(東洋経済新報社、2018年)に詳しく出ています。直近でもBISは2025年に金融経済局のシン・ヒュンソン局長が「金価格は他のリスク資産と共に上昇し、安全資産としての歴史的なパターンから逸脱した」と警告を発するなど、世界経済の番人として存在感を発揮しています。ここで「金」を安全資産として世界の金融の基準に置いてきたBISの歴史的文脈に照らせば、最近のシン局長の警告もより深く理解できるのではないでしょうか。

最後に、これから本書を手に取っていただける読者に一言お願いします。

矢後――本書が刊行された2010年はリーマン・ショックの直後で国際金融への関心が高まっていました。他方で、それから現在にいたるまでの世界の政治・経済の歩みははるかに複雑で、悲惨なものになりました。この悲惨は、BISが歩んできた歴史と重なります。

BISは創設間もなく世界恐慌と第二次大戦に遭遇し、その組織・人員はいくたびか危機に瀕してきました。こうした危機をかいくぐりながら、間もなく創設100年を迎えるのがBISです。危機の時代にこそ、思想は深まり、新しい構想が生まれる。その現場として、BISの歴史は、現代の読者により実感をともなってご覧いただけるものと思います。BISの人々が危機の時代にどのように生きてきたか、というところに注目していただければ幸いです。

(編集者)ありがとうございました。

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