前回は連邦準備制度の設立と1920年代の発展についてお聞きしました。今回は1929年の大恐慌における連邦準備制度の対応と、「中央銀行の無謬性」という重要なテーマについて伺います。
1929年の大恐慌において、連邦準備制度はどのような対応をしたのでしょうか
小谷野――これが本書の最も重要なテーマの一つです。率直にいえば、連邦準備制度の対応は失敗でした。金融政策は景気回復に寄与できなかったのです。
1929年10月の株価大暴落後、銀行倒産が相次ぎ、マネーサプライが急激に縮小しました。この時期、連邦準備制度は十分な流動性供給を行わず、むしろ金本位制を維持することを優先しました。その結果、金融危機は深刻化し、実体経済も大きなダメージを受けました。
メルツァーは本書で、当時の連邦準備制度の政策担当者たちがどのような考え方に基づいて行動したのかを、膨大な議事録や書簡などから詳細に再構成しています。
なぜ連邦準備制度は適切な対応ができなかったのでしょうか
小谷野――いくつかの要因がありました。第一に、当時支配的であった経済理論の問題です。連邦準備制度の政策担当者たちは、「真正手形原理(real bills doctrine)」という考え方に影響されていました。これは、商業活動に基づく手形を割り引くことで通貨を供給すれば、インフレにもデフレにもならないという理論です。
しかし、この理論は不況期には機能しません。経済活動が収縮すれば、手形の発行自体が減少するため、通貨供給も自動的に減少してしまうからです。つまり、この理論に従っている限り、デフレを止めることができないのです。
第二に、組織的な問題がありました。前回お話ししたように、ストロング亡き後の連邦準備制度には、強力なリーダーシップが欠けていました。12の連邦準備銀行と理事会の間で意見が分かれ、迅速な政策決定ができませんでした。
当時の政策担当者たちは、自分たちの政策が失敗だとは考えていなかったのでしょうか
小谷野――ここが「中央銀行の無謬性」という問題の核心です。多くの政策担当者は、自分たちは適切な政策を実施していると信じていました。彼らは、当時利用可能だった経済理論や統計データに基づいて判断していたのです。
メルツァーが本書で明らかにしているのは、彼らが注目していた指標が適切ではなかったということです。例えば、彼らは(市場で実際に成立している)名目短期金利の水準をみて、金融政策が緩和的だと判断していました。しかし、 (名目金利から物価上昇率を差し引いた)実質金利は、物価が下落していたことから、かなり高い水準にあったのです。そして、マネーサプライが急激に減少しており、実質的には極めて引き締め的な状況であったのです。彼らは、そうした指標の意味するところを理解していなかったとメルツァーは断じています。
メルツァーはこうした失敗をどのように評価していますか
小谷野――メルツァーの評価は厳しくも公平です。彼は、政策担当者たちの判断が誤っていたことを明確に指摘しますが、同時に、なぜそのような判断に至ったのかという文脈も丁寧に説明しています。
これが本書の記述スタイルの特徴です。メルツァーは、政策担当者たちの議論や見解を詳細に紹介し、注釈で反対意見や別の視点も提示したうえで、自身の判断を明確に述べています。グリーンスパン元議長が序文で評価したように、「メルツァーは、彼自身の立場を明確にすることを厭わない」のです。
ニューディール政策による制度改革について教えてください
小谷野――金融危機に陥り多数の銀行が倒産した反省から、ローズベルト政権は大胆な制度改革に乗り出しました。1933年の銀行法により預金保険制度が創設され、銀行取付けのリスクが軽減されました。また、グラス・スティーガル法により商業銀行と投資銀行の業務が分離されました。
これらの制度改革は、中央銀行の金融政策だけでは金融システムの安定を確保できないという認識に基づくものでした。金融政策と金融規制の両方が必要であるということを、大恐慌の経験は示したのです。
また、1935年の銀行法改正により、連邦準備制度の組織も大きく変わりました。連邦準備局を改組して連邦準備制度理事会とし、その権限が強化されました。公開市場操作を決定する連邦公開市場委員会(FOMC)が正式に設置され、7名の連邦準備制度理事会の理事全員と12行の連邦準備銀行の総裁たちから輪番で5名を選出して12名の合議体としました。FOMCの議長は連邦準備制度理事会の議長が務め、副議長はニューヨーク連銀の総裁が務める体制が確立されました。
「中央銀行の無謬性」という考え方は、なぜ問題なのでしょうか
小谷野――「中央銀行の無謬性」とは、中央銀行の政策は誤りではなかったということ、あるいは、誤りであったとしても、その時に利用可能であった経済理論や情報に基づけば、その選択しかなかったという考え方です。
しかし本書を読めば、中央銀行の政策が錯誤の連続であったことがわかります。問題は、中央銀行が誤りを犯すこと自体ではありません。人間が行う政策である以上、誤りは避けられません。
本当の問題は、中央銀行が自らの誤りを認めず、検証を怠ることです。「無謬性」の神話に囚われると、過去の失敗から学ぶことができなくなります。そして、同じような過ちを繰り返すことになるのです。
統計や経済理論が発達した現代では、こうした誤りは避けられるのでしょうか
小谷野――それが避けられないというのが、歴史の教訓です。統計や金融経済理論が発達した現在でも、錯誤から免れることはできません。その答えは、2008年のリーマンショックを例に取り上げるだけで十分でしょう。
リーマンショックの直前まで、FRBをはじめとする主要国の中央銀行は、サブプライムローン問題の深刻さを過小評価していました。高度な数理モデルを駆使していたにもかかわらず、金融システムの脆弱性を見抜けなかったのです。
メルツァーが本書で示した1930年代の教訓は、まさに現代にも当てはまります。中央銀行が注目している指標が本当に適切なのか、政策の効果を正しく評価できているのか、常に問い直す必要があるということです。
大恐慌期の経験から、現代の私たちは何を学ぶべきでしょうか
小谷野――第一に、中央銀行は万能ではないということです。適切な経済理論、正確なデータ、そして優れた人材がいても、誤りは起こりうります。だからこそ、中央銀行政策当局や金融経済を専門とする学者をはじめ、ジャーナリスト、評論家などは、つねに金融政策が妥当な目標を設定したのか、それを実現するための政策手段は適切であったかを問い直していかなければなりません。
第二に、多様な視点からの検証が重要であるということです。メルツァーが本書で採用した手法(様々な立場の見解を紹介し、議論の全体像を示すこと)は、まさにこの点を意識したものです。単一の視点からの評価では、重要な問題を見落とす危険があります。
第三に、制度設計の重要性です。金融政策だけでなく、預金保険や銀行規制など金融システム全体の安定を支える制度的枠組みが必要です。
中央銀行の無謬性という神話を打破することは、中央銀行の信認を損なうことにならないでしょうか
小谷野――むしろ逆であると思います。誤りを認め、それから学び、改善していく姿勢こそが、長期的には中央銀行への信頼を高めます。無謬性を装い、失敗を隠蔽しようとすれば、いずれ大きな破綻を招き、信認は完全に失われてしまいます。
重要なのは、中央銀行が透明性を持ち、自らの政策判断の根拠を説明し、事後的な検証を受け入れることです。そうした努力を等閑視する中央銀行は、結果として、政府の言いなりとなり、中央銀行の独立性も確保することができなくなるのではないかと危惧されます。
独立性と無謬性には関係があるのですね
小谷野――まさにその通りです。自らの政策を不断に検証し、改善していく姿勢を持たない中央銀行は、専門性と正統性の根拠を失います。そうなれば、政治的圧力に抗する力も失われてしまいます。
大恐慌期の連邦準備制度は、まさにこの悪循環に陥りかけていました。政策の失敗によって権威が失墜し、ニューディール期には財務省の影響力が強まっていきます。次回お話しする戦時期には、連邦準備制度は完全に財務省の従者となってしまうのです。
次回は戦時期の話になるのですね
小谷野――はい。第二次世界大戦期において、中央銀行の独立性がどのように失われ、そして戦後、1951年のアコードによってどのように回復されたのか、その歴史的プロセスを詳しく見ていきたいと思います。これは、現代におけるトランプ大統領のFRB介入を考えるうえでも、きわめて示唆的な事例です。
(第3回終わり)
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