■連載 FRBの歴史を知るならこれだ!2/5

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小谷野俊夫・静岡県立大学名誉教授へのインタヴュー 2/5
第2回 「連邦準備制度の誕生と発展――二つの独立性」について

前回は、アラン・メルツァー氏の人物像と本書の特徴についてお聞きしました。今回は、連邦準備制度の誕生と発展の歴史について、特に「独立性」という観点からお聞きしていきます

「中央銀行の独立性」というと、今日では政府からの独立性を意味しますが、連邦準備制度設立当時は状況が異なったのでしょうか

小谷野――そのとおりです。これは本書を読んで改めて気づかされた重要なポイントです。「中央銀行の独立性」というと、今日では政府からの独立性が想起されますが、連邦準備制度の設立当時においては、新設される中央銀行がアメリカ東部の金融資本の支配下に置かれることからの独立性も求められたのです。
 当時のアメリカでは、ニューヨークを中心と
する東部の巨大金融資本に対する警戒感が強く、特に中西部や南部の農業地帯からは、中央銀行が東部の銀行家たちに支配されることへの強い懸念がありました。

それが連邦準備制度の独特な組織構造につながったのですね!

小谷野――まさにその通りです。それを実現するための工夫が、1行の中央銀行ではなく12行の連邦準備銀行を設立することでした。これは世界の中央銀行の歴史から見ても、きわめて特殊な制度設計です。
 12の地区に連邦準備銀行を設立することで、東部金融資本の影響力を分散させ、各地域の経済状況を反映できる仕組みを作ろうとしたわけです。ワシントンに連邦準備局(1935年銀行法により連邦準備制度理事会に改組される)を置き、12の連邦準備銀行を監督する構造になっています。

設立後の1920年代は、どのような時期だったのでしょうか

小谷野――1920年代は、ニューヨーク連邦準備銀行総裁のベンジャミン・ストロングという傑出した人物が大きな役割を果たした時期です。ストロングは第一次世界大戦後、荒廃したヨーロッパ経済の復興のために国際金本位制の復活に尽力しました。
 特にイングランド銀行総裁モンタギュー・ノーマンとの緊密な協力関係のもと、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国が金本位制に復帰をするのを支援しました。この時期、ストロングは事実上、アメリカの金融政策を主導していたといえるでしょう。
 メルツァーは本書で、ストロングの政策判断について詳細に検証しています。ストロングは金本位制の維持と国際協調を重視し、そのために国内の物価安定よりも英ポンドの対ドル為替相場の安定を優先したのではないかと思われる場面もありました。
 こうした政策選択が適切だったのかどうか、メルツァーはさまざな角度から検証しています。

ストロングの存在は、12行体制という分散的な制度設計とどう関係するのでしょうか

小谷野――鋭いご指摘です。これは連邦準備制度の抱える構造的な矛盾を示しています。制度としては12行の連邦準備銀行による分散型システムとして設計されたにもかかわらず、実際にはニューヨーク連銀が主導的役割を果たしました。
 これは、ニューヨークがアメリカの金融センターであり、国際金融市場との接点でもあったという現実を反映しています。制度設計の理念と経済の現実との間には、しばしば乖離が生じます。
 ストロングの強力なリーダーシップは、ある意味で連邦準備制度の分散的な性格を克服するものでしたが、同時に一人の人物に依存するリスクも生み出していました。

ストロングの時代が終わると、状況は変わっていくのですね

小谷野――はい。ストロングは1928年に亡くなりますが、その翌年の1929年に大恐慌が始まります。ストロングのような強力なリーダーシップを持つ人物がいなくなったことで、連邦準備制度は効果的な政策を打ち出せなくなっていきます。
 12行の連邦準備銀行は、それぞれの地域的利害を代表する側面もあり、統一的な政策を迅速に実施することが困難でした。ワシントンの連邦準備局も、当時はまだ十分な権限と指導力を持っていませんでした。
 この組織的な弱点が、大恐慌への対応を遅らせ、不十分なものにした一因となったのです。これについては、次回、「中央銀行の無謬性」というテーマで詳しくお話ししたいと思います。

連邦準備制度の設立から1920年代までを振り返って、先生はどのような点に注目されますか

小谷野――この時期から学べる最も重要な教訓は、「独立性」が多義的な概念であったことです。政府からの独立性だけでなく、特定の利益集団からの独立性も重要であるということを、連邦準備制度の設立経緯が示しています。
 また、制度設計と実際の運用には乖離が生じうるということも重要です。いくら理念的に優れた制度を設計しても、それを運用する人物の資質やリーダーシップ、そして経済の現実が、実際の機能を左右します。
 そして、国際的な視野の重要性です。ストロングが示したように、1920年代にはすでに各国の中央銀行が協力して国際的な金融安定を図る必要性が認識されていました。これは今日のグローバル化した金融市場においては、さらに重要性を増しているといえるでしょう。
 同時に、ストロングの時代は、一人の優れたリーダーに依存することのリスクも示しています。制度の持続可能性を考えるとき、特定の個人に依存しない仕組みづくりが必要であるということを、その後の大恐慌期の混乱が証明することになります。

次回は大恐慌期についてお聞きしていきます

小谷野――はい。次回は1929年の大恐慌における連邦準備制度の対応について、特に「中央銀行の無謬性」という視点から詳しく見ていきます。中央銀行は常に正しい判断をするという神話が、いかに幻想であったかを、メルツァーは膨大な資料を駆使して検証しています。 

    
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